儒教
 儒教は、孔子(紀元前551〜479年)が周代より伝わる思想を体系化した道徳律です。これを宗教と呼ぶべきかはさておき、中国、朝鮮、越南とともに日本においても多大な影響を及ぼした思想体系であったことに間違いありません。本質的には個人の人間性を向上させるための学問でありましたが、これが各国において国教化されるに及び、倫理規範として社会に広く浸透することになりました。
 儒教においては仁・義・礼などが重視されましたが、これは先祖に対しても同じことであったといえるでしょう。つまり、大切なことは自分が立派に生きることだけではなく、祖先を敬い、またその務めを正統に引き継ぐ子孫を残すことが大切にされたわけです。そのため儒教では一夫多妻婚を推奨しましたが、正統な子孫を残すためにも妻の貞節は絶対的な使命でもありました。そういう意味で言えば、儒教国家で売春が禁じられなかったのも、既婚女性の貞節を守るための処置であったと言えるでしょう。なぜなら、男性が浮気をするときには必ず同数の女性が不倫をすることになることは明らかで、婚外交渉を売春だけにとどめていれば、少なくとも娼婦以外の女性の貞節は完全に保たれるからです。
 とくに処女であることの貞操は問題にされなかった中国でも、女性の不倫のような貞節を冒す行為は死罪となりました。それだけ子孫を残すことが先祖に対する忠義とされていたのです。ちなみに前近代中国においては、一般の家庭でも3人から12人くらいの妻妾を、貴族は30人以上の妻妾を持つことも普通だったようです。
 儒教では、身分の高い者ほど多くの妻妾をもつことが許されていたため、皇帝は「後宮3000人」と謳われるほどの妃を侍らしていました。もちろん、これには世継ぎをもうけるという使命があったわけですが、皇帝が酒色におぼれてしまった場合も少なくありません。「傾城の美女」という言葉に象徴されるよう、ひとつの王朝はひとりの美女によって滅ぶこともあったのです。

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