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性器信仰の歴史は古く、すでに紀元前3万5000〜1万年の旧石器時代、クロマニョン人が暮らした洞窟壁画の中に男性器や女性器と思われる記号が多数描かれています。紀元前2500〜前1500年ごろのインダス文明の中心として栄えたモヘンジョ・ダーロの遺跡からは男性器をモチーフとした彫像が見つかっています。古代ギリシアにはヘルメス柱という男性器がついた柱が建てられていました。 日本においても古来より五穀豊穣を祈願するために、性器を信仰するということが広く一般に行われていたようです。縄文時代の遺跡からは男性器をかたどった石棒と女性器をかたどった石皿が発掘されていますし、磐座(いわくら)という祭祀が行われた場所には、女性器の形をした自然石や洞窟が選ばれています。 古代の日本では他の国と同じようにセックスを神聖視していたわけで、日本の創世神話ですら、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)という2柱の神々の交合によって国が誕生したとされているのは、まさにその象徴と言えるでしょう。事実、今でも神社で性器が御神体として祀られていることは珍しくありません。 また村々の境界を守ってくれる神様として、主要な四辻や村境に祀られていた道祖神の石像は、概ね性器か性交を象ったものでした。それはセックスが神聖視され、その霊力が魔を祓うと考えられていたからに他なりません。しかしこのような信仰も、明治以降形骸化していくことになります。 以来、形としての信仰は無くなりましたが、本能として性器を崇拝する精神は失われることはなかったのでしょう。戦争中は、出征する軍人に女のコが自分の陰毛をもたせるということもありました。今でも、男のコに頼まれて受験のお守りとして彼に陰毛をあげた経験のある方がいらっしゃるかもしれませんね。 |
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